BEANSBOOK 5

『 the day before 』                          永田 早紀

 

家の中で一番好きな場所はパパの書斎だ。

書斎といっても、ちゃんとした部屋になっているわけじゃなかった。

マンション暮らしで、書斎部屋を作ることなんてできなくて、寝室の一部がパパの書斎だった。

その部屋は元々、和室だったようで洋室に変えられた後も床の間の部分だけが窪んでいた。

パパはそこを書斎にした。

床の間には小さめの机をはめ込まれ、隙間には棚が入れられた。棚にはパパの好きな本が並んだ。

机を前にして座るとイスと体だけが床の間からはみ出るので、そこにはパーテーションが置かれた。

そうしてパパの小さな書斎が完成した。

パパはお休みの日になると書斎に入ってよく本を読んでいた。

時々お酒が持ち込まれていたことも私は知っている。

秘密基地みたいで、私はパパの書斎に憧れていた。

 

私が中学生だった頃、仲良しの女の子が遠くに引っ越すことが分かって、しくしくと泣いた。

涙が止まらなかった。泣いている私を見てパパは言った。

「その子に手紙を書いてごらん。ずっと仲良くいたいなら、そのことをちゃんと言葉にしなきゃ」

そして、パパは初めて私を書斎に招いてくれた。パパ専用のイスに座る。

机の上にはペンスタンドと、読みかけの小説。それからコップで付いたであろう、丸い染みがあった。

その小さく区切られたスペースは私の心をとても落ち着かせてくれた。

「大事な手紙を書くときは、パパの書斎を使っていいよ」

それから幾度かパパの書斎を借りることになった。

 

今日もパパの書斎を借りている。とてもとても大切な手紙を書いているから。

この手紙がここで書く、最後の手紙になるだろう。

言葉にしたいことがたくさんありすぎて、言葉にならなくて、ちょっと困っている。

だから短く、これだけ伝えさせてほしい。

 

私がママになったら、私の子供もここに座らせてもいいかな?

 

パパ。

ママ。

今まで育ててくれて、ありがとう。